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第1章 卒業生の思い

(2003年6月19日掲載)
大きい木造建築の役割
東大名誉教授
 杉山英男氏(78)

木造建築の研究を続ける杉山英男氏=東京都内

 杉山英男(昭18卒)。一高生だった昭和二十年六月十七日、突然、帰郷を思い立ち、東京から汽車を乗り継いで静岡に戻った。二日後の夜、静岡が空襲を受けた。家を守るという父に自宅を任せて母を自転車の荷台に乗せ、郊外に逃げようとした。焼い弾がくすぶり、母は気が動転したのか、荷台に腰掛けることができず、二人で歩いて避難した。

 「逃げる途中、振り返ると市の中心部が赤々と燃えていた」。夜が明けてから戻ると、家は丸焼けだった。幸い父は無事で胸をなで下ろした。「虫が知らせたのか、あの時は急に家に戻りたくなった」

 一高卒業後、東京帝大(現東大)の建築科に進み、東大大学院を経て明治大工学部に。助教授、教授を歴任し、二十二年間、同大で教え続けた。研究テーマは学生の時から一貫して木造建築の耐震。工学博士の論文は木材の振動強度を取り上げた。父は静岡市役所に勤め、ドームで知られる庁舎の工事を監理、指揮した。「父の仕事を見続け、自分を生かす道は建築だと考えた」

 四十八年、東大農学部林産科の教授に就任し、その後、農学博士号を取得した。その時の論文は製材と合板の建築への利用がテーマ。「建築にいながら限りなく林産に近く、林産にいながら限りなく建築に近かった」。学際型の柔軟な発想に基づく研究は高く評価され、日本建築学会賞、日本農学賞、米国林産学会業績賞などを受賞した。

 本県で東海地震対策が始まって間もなく、木造住宅の耐震診断と改修設計指針作りの指導に当たった。「だれもが分かり、利用できる内容にする必要があった。専門外の人にも理解されることが求められた。重要点を強調するため、内容のそぎ落としに力を入れた」。つぼを押さえた基準、指針は防災対策に大きく貢献した。

 木材の良さに触れる。「基準を守っていれば木造建築は地震に強い。木材は二酸化炭素も吸収する。二十一世紀における木造建物の役割は大きい」

 静中に入学した翌日、硬式庭球部に入った。練習に没頭し、三年の夏、全国中等学校大会に出場し、東西対抗の選手に選ばれた。大学時代も学生テニス界で活躍した。「東大建築科卒ではなく、東大庭球部卒だと思っていますよ」

(文中敬称略)

(火、水、木曜日に掲載します。)



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