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第1章 卒業生の思い

(2003年7月8日掲載)
世界市場 まだまだ広い
小糸製作所社長
 大嶽骼i氏(63)

グローバルシェアの時代と語る大嶽骼i氏=静岡市内

 大嶽骼i(昭33卒)。戦後、静高のクラブ活動が次々と復活する中、GHQ(連合国軍総司令部)が軍国主義的としたため、剣道部の再開は遅れていた。

 二年の時、同期の大石哲司(県議)、大村三仁(元沼津署長)らとともに剣道部の復活を目指した。「他校の剣道部が活動を始めた時期で、伝統ある剣道部をぜひ、復活させたいとの思いだった」。努力が報われ、剣道部が再出発した。「剣道に一番いそしんだのは大村君かな」

 在学中、野球部が二年連続、甲子園に出場し、スタンドで大声援を送った。同期で野球部主将だった海野誠治郎(自営業)は静中・静高野球部OB会の前会長。「海野君も僕もそうだが、静高時代の仲間は今でも野球というと熱くなる」

 慶応大を卒業後、父が社長、会長を歴任した自動車照明機器メーカーの小糸製作所に入社し、昭和四十三年から約四年間、米国シカゴ事務所に駐在した。米国で日本車を見掛けることはほとんどない時代。高速道路も日本とは比較にならないほど整備され、日米の格差を目の当たりにした。

 「自動車産業の発展のためにはインフラ整備が必要だと実感した。将来、米国に進出する日がくるだろうとビッグ3への部品供給、技術提携の仕方などを研究した」

 帰国後、海外部長に。間もなく取締役に就いた。米国への日本車の輸出が伸び、自動車メーカーの進出が目立ち始めていた。小糸製作所も米国に合弁会社を設立し、日米の自動車メーカーへの部品供給を始めた。

 「海外生産で大事なことは進出先で商売になるか、ならないかです。日本のメーカーだけを頼りにしていては危険。地場のメーカーに供給できるかが重要なかぎ」。駐在時代から培った経験を生かし、的確な戦略を打ち出した。

 常務、専務、副社長を経て、今年六月、社長に就任した。自動車の国内販売状況は頭打ちだが、世界的に見れば、市場はまだまだ広い。「車の恩恵に浴しているのは世界の人口の四分の一。四分の三の人は浴していない。これからはグローバルシェア。海外のどこで調達、生産し、供給するのが最もいいのかを考える世界戦略が欠かせない」

 歴史認識の大切さを強調する。「近現代史を理解していない若手が多い。勉強すべきだし、学校でもきちんと教えるべき」

(文中敬称略)

(火、水、木曜日に掲載します。)



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