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平成十二年五月、静岡市の静岡音楽館AOIでピアノ・リサイタルが開かれた。ドビュッシーがまな娘のためにつくった「子供の領分」が流れ、繊細で優しい旋律が客席を魅了した。 音楽だけではなかった。パンフレットは、曲のイメージを表現したコンピューターグラフィックスによる絵で彩られていた。ドビュッシーの娘を主人公にした絵は曲に込めた父の愛、子供の心の動きを視覚に訴えた。子供の声で曲の紹介も行われた。 観客から手紙が寄せられた。「子育てはつらい。でもコンサートで子供への愛情を再確認することができた」。リサイタルが人の心を動かした。 コンポーザー・ピアニスト谷真人(39)=昭57卒=のコンサートは演奏や絵、朗読、自作曲などで組み立てられる。聴覚や視覚などさまざまな感覚を揺さぶり、谷の思いを伝える。 「人間の自然のままの姿を気付かせ、何かを引き出すことが芸術家の仕事だと思い、コンサートのたびに、必ず『頭で聞くのではなく、心で感じてください』と話しています。それに客席と僕との間には循環作用があり、相互通行で成り立っている感じがする」 静高時代はブラスバンド部でホルンを担当した。東京外国語大を経て外資系広告会社に入り、広告全般にわたる仕事をこなした。平成二年のポーランド旅行でショパンゆかりの地を訪れ、「ピアノでクラシックを弾きたい」との思いに駆られた。 ピアノを習ったのは小学生の二年間。忙しい仕事の傍ら、独学でピアノの練習に取り組み、八年には日本アマチュア・ピアノ・コンクールで優勝するまでになった。「自分がやるべき仕事を見つけたい」と退社したが、次の進路を決めることができず悶々(もんもん)とした日々を送った。 訪れたハローワークで「生きるか死ぬかの瀬戸際」と職員にくってかかる中年男性に衝撃を受けた。「現実の姿が全く分かっていなかった。裸一貫になろう」 将来の指針になるようにと十二年一月、パリ国際アマチュア・ピアノ・コンクールに参加したところ、優勝した。「プロになるつもりはなかったのに、不思議と音楽に引き寄せられた。それが自分の進むべき道だと思う」 (文中敬称略) (火、水、木曜日に掲載します。) |