![]() | <61> |
今年、創立六十周年を迎えた音楽青葉会・静岡児童合唱団の前身「青葉会児童合唱団」の創設者が故戸〓舜裕(みつひろ)=昭2卒=。戸〓は大正十五年の全国中等学校優勝野球大会で優勝した静中野球部員。甲子園ではセンターを守り、一番打者として活躍した。 静岡市内に青葉ケ岡幼稚園を設立した戸〓は昭和十八年、園児を中心に青葉会児童合唱団をつくり、熱心な指導を続けた。合唱団はNHKラジオ番組に出演。戦後、活動は一層活発となり、ラジオを通して「清らかな歌声」を全国に響かせた。 子供たちと音楽を愛し、静岡から合唱の素晴らしさをアピールし続けた戸崎は昭和三十一年、死去した。後を継ぎ、現在、静岡児童合唱団を主宰する長女裕子は振り返る。「父は子供の成長のためには文化が欠かせないというのが口癖だった」 静岡児童合唱団はブルガリア、旧ソ連、ハンガリー、デンマーク、ポーランド、オーストリアで演奏旅行を行うなど国内外で活躍し、静岡県文化奨励賞も受賞した。ブルガリア国立ソフィア少年少女合唱団と姉妹提携も結んでいる。 声楽家(カウンターテナー)の太刀川昭(41)=昭55卒=は小学一年生の時、静岡児童合唱団に入団した。六年生で参加した欧州演奏旅行が音楽家の道を選ぶきっかけとなった。 当時を回顧する。「音楽が言葉や文化の違いに関係なく人々の心に喜びや感動を与えているということを実感した。幼い自分でさえ精いっぱい歌うことでその一端を担えるということがうれしい驚きであり、大きな感激でした」。迷いはなかった。「音楽家になろうと決心した。その後の人生をそのような感激なしに過ごさなければならないとしたら、それはあまりにも寂しいことのように思えたからです」 東京芸術大、同大学院、スイス・バーゼルの古楽専門の学校で研さんを積んだ太刀川は現在、バーゼルに住み、カウンターテナーとして活動を続ける。 グループ「ムジカ・パシフィカ(平和の音楽)」も主宰する。「音楽が人々の心、世の中に平和を与えてくれることを祈り、活動していますが、音楽によってできる平和への働き掛けは極めて間接的で、限りがある。多くの方が平和のために直接的に働き掛けてくださることを願っています」 (文中敬称略) (火、水、木曜日に掲載します。) |