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第2章 人物誌

(2003年8月14日掲載)
仏に武道の新しい潮流
養正館武道宗家
 望月拡雄氏

「養正館武道」をヨーロッパに広めてきた望月拡雄氏

 柔術や空手、合気道、剣術などさまざまな武道の要素を取り入れた新しい武道「養正館武道」。フランスを中心に、カナダやアフリカ諸国など二十五カ国に一万五千人の会員を抱え、特にヨーロッパでは一大武道団体として、青と白の道衣とともに広く知られている。

 養正館武道を創設した望月拡雄=昭30卒=。講道館柔道の創始者嘉納治五郎、合気道の開祖植芝盛平ら高名な武道家に師事し、静岡市に道場「養正館」を開いた父・稔の下、幼いころから柔道、合気道に親しんだ。

 静高では柔道部に所属。小柄ながら抜群の精神力で、主将として部を率いた。道場の二代目として武道に対する広い知識と経験があり、当時から武道家として身を立てるという気迫を感じさせた。  進学した日大で空手を学び、さらに経験を深めた望月は、次第に細分化した武道を統合してみたいと考えるようになる。「現代では一つの武道を修めるのに長い時間がかかる。江戸時代、武士が武芸十八般を修めることができたのはなぜか。何か全体の幹になるものがあるはずだ」

 フランスに招かれて教えていた父の後を任され、大学在学中から渡仏し、指導に当たる。昭和三十八年からは定住し、フランス柔道連盟内に合気道、空手道部を創設したり、ヨーロッパ空手道連盟の初代指導部長に就くなど、武道の普及に力を尽くす。

 柔道や空手、合気道を教えながら、次第に新しい武道を確立した。養正館武道の説明に、望月は『波動』という言葉を使う。波動とは例えば、腰から腕、腕から手に伝わる動きの連鎖。この連鎖の感覚を修得することが、小さな動きを大きな力に変え、すべての武道の基礎となるというのが独自の理論だ。  静岡生まれだが、幼少期には旧満州で過ごした経験も。同期生は「楽天的でおおらかなところがあり、住み家は日本だけではない、とよく言っていた」と語る。日大では農獣医学部で学び、ブラジルで農業をしたいと話したこともあった。

 養正館武道には、帯による段位の区別がない。「弟子から学ぶこともある」。武道をめぐりどんなに論争しても、最後には笑顔で握手を交わすという望月。日本的な武道の世界に身を置きつつ、西欧的価値観も吸収してきた柔軟さが、新しい武道を切り開いてきた。

(文中敬称略)

(火、水、木曜日に掲載します。)



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