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静岡市を境に三菱自動車の販売網を県内東西に二分する、静岡三菱自動車販売(静岡市)と東海三菱自動車販売(同)。現在のトップはともに静高OB、二代目社長として手腕を振るう。 静岡三菱自動車販売社長の宮崎允夫(昭33卒)は、上智大法学部卒業後、昭和四十年に入社。浜松で営業経験を積み、五十五年から本社へ。六十一年、社長に就任した。 三菱はRV車で先行し、同社も六十年代から大幅に売り上げを伸ばす。平成元年にはさらに選択肢を広げようと、メルセデス・ベンツ正規販売店「シュテルン静岡」を設立した。しかしバブル崩壊に加え、十二年にはクレーム情報隠しなどメーカーの不祥事が相次いで発覚、販売は打撃を受ける。 「それでも、全国の販売会社でトップクラスの販売実績と利益を保ってきた。最大限の努力を図ってきたのは顧客満足。売った車をいつでも整備された状態に保ち、きちんと人間関係を築けば、九割はもう一度買ってくれる。その意味で、この仕事は売ってからが勝負です」。顧客アンケートは、毎朝の日課として自ら目を通し、営業マンに直接指導もする。 静高のころは「勉強、勉強としごかれた」が、他校では許されなかったげた履きで通学した記憶は鮮明。「静高生なら場所をわきまえ、校内では脱ぐという暗黙の了解があった。自由と規律の精神というのでしょうか」 東海三菱自動車販売社長の近藤正俊(昭35卒)は、元銀行マン。東大経済学部を卒業し、昭和四十年、三菱銀行(現東京三菱銀行)に入行した。オンライン化の流れの中、国内外のシステム開発を担当、海外支店を飛び回った。 静岡支店長などを経て平成六年に退職、父・正雄(昭4卒)が興した東海三菱自動車販売社長に就任した。メーカーの不祥事が販売を直撃、苦しい時期を経験するが、懸命に経営改善に取り組み、最近は売り上げも回復しつつある。 「売ることが仕事ではなく、売った後、顧客と連絡を絶やさないことが仕事」と現場を引き締める。「不祥事の後、三菱の製造、品質管理体制は劇的に変わり、商品力は向上した。しかし販売は商品力だけでは駄目。最後は顧客といかに強いつながりを保つかがカギです」 静高時代は野球の応援練習がいい思い出。「甲子園には今一歩で届かなかったが、本気で応援した。バスケットや硬式テニスも全国で活躍していて、まさに文武両道の誇りがありました」 (文中敬称略) (火、水、木曜日に掲載します。) |