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静清信用金庫の常務理事、専務理事などを務め、平成十年六月に理事長に就任した高橋晋(昭27卒)。先々代や先代が堅実な経営体制をつくり、昨年、創立八十周年を迎えた。「地域の金融機関なので、地域経済の活性化に一役買わねばならない。製造業を中心とした地元のメーカーとの付き合いが多いので、地域に密着した機能強化に努めています」 昭和二十一年、静岡中学に入学。六・三・三・四制の実施や度重なる校舎の移転など、戦後、環境が大きく様変わりした。「校歌の二、三番が軍国主義的で、授業で歌うと校長先生が『歌ってはまずい』と音楽の先生を注意していました。戦後の動乱期を象徴する出来事でしたね」。同じ年、戦後の復興状態を視察になられた昭和天皇が漢文の授業を参観された。 当時は用宗に住み、毎日、蒸気機関車での通学だった。二時間に一本と本数が少なく、午前中で授業が終わると、「線路を歩いて帰りました。一番怖いのは安倍川の鉄橋を渡るときでしたね。待避所はありましたけど」。二十七年に静岡城内高を卒業した。 法政大法学部を卒業後、三十三年に静清信用金庫入りし、信金の事業形態や金融の知識など、先輩からみっちり指導を受けた。「そろばんは小学校で習った程度で、苦労しました。それでも、取引には法律が基礎になるので、大学で学んだことは大変、役立ちました」 本部勤めが長く、支店長として五店舗を歩いた。営業エリアの県中部の四市を担当し、第一線で地域の動向や状況などを肌で感じ取った。「現場で培った知識やノウハウが、今もなお役立っています。それぞれの産業の特徴や動き、仕組みを理解してお客さんと接することが重要ですね」 昨年、発足十五周年を迎えた「せいしんビジネスクラブ」は、取引先の若手経営者を対象に研究会や研修会などを開く。「静岡の産業構造が変わろうという時代に直面しているので、社会の構造変化に貢献するような役割を果たしていきたい。地域の繁栄には次世代を担う中小企業の後継者を育てなければならない」 地域の繁栄を担うため奨学金制度も導入。九年から県立大を対象に始め、現在は静岡大の学生にも拡大して地元の人材を育成する。「得意とする分野で誰にも負けない人間になって、自分が選んだ道でスペシャリストを目指してほしい」 (文中敬称略) (火、水、木曜日に掲載します。) |