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「キンコーンカーンコーン」。午前八時半、ホームルームの始まりを告げるチャイムが響くと、正門から三百メートルほど離れた通称「北農場」から一斉に生徒が飛び出してきた。「水やりで遅れました」「理由にならない」。生徒と担任のやりとりはどこの教室も同じ。五月を過ぎると、こんな光景がよく見られる。
四月中旬、一年生一人ひとりに六平方メートルの小さな農場が与えられる。目標は一人四個の収穫。真新しい実習服にそでを通した生徒は、初めて農場に足を踏み入れ、畝(うね)を立てる。「大人になる前に、君たちが命を育ててごらん。苦労もあるけど、必ず喜びもある」と教諭は励ます。 水やりや雑草取りから一日がスタートし、追肥、芽かき、選定などの作業を通してスイカの成長を見守る。生徒の栽培日記には「小指の先ほどのスイカが一日単位で大きくなるのに感激した」と記されていた。 期末テスト期間の七月中旬が収穫のピーク。校長佐々木盾は「人工授粉に失敗して一個しか取れなかった生徒、難敵のカラスに食べられてぼう然の生徒、五つも収穫して父母に車で迎えに来てもらう生徒。一喜一憂する顔がある」と目を細める。 毎年、近況報告を兼ねて収穫したスイカを母校の中学に届けるのも恒例になった。「単身赴任の父が帰ってくるまで食べない」「遠く離れた祖母に送った」「新盆に間に合って良かった」。こんな報告が家庭からも届く。 これで終わった訳ではない。連作障害を防ぐための「天地返し」と呼ばれる作業が厳冬のころにある。一メートルほどの穴を掘り、休眠していた土と入れ替える。生徒は一月中旬、白い息を吐きながら、土と格闘する。ユンボやトラクターはあえて使わない。血豆ができたり、手の皮がむける生徒も多い。 「一年間のお礼の意味を込める作業。人間は土がなければ生きられない。命を食べて、命をつないでいることを学んでほしい」と担当教諭は強調する。北農場は有機物や微生物をいっぱいに含んだ土に生まれ変わり、春本番と新入生を待つ。
(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。
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