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二百五十年以上の歴史を誇る天城山系の高級生ワサビ。中伊豆町と天城湯ケ島町の生産者は豊かな清流を分け合い、互いに優良品種の開発・改良に情熱を燃やした。
山本は七人兄弟の四番目の長男。昭和十五年、父利一(明38卒)が他界し、二十二歳の若さで幼い弟妹を支える一家の大黒柱に。生活に困窮し、何としても高値で売れる新品種を手に入れる必要があった。 苦渋する山本に一通の手紙が届く。「中伊豆で広まっているダルマ種を分けよう」。自分の改良品種を“秘蔵っ子”として手放さない生産者が多い中、利一の級友・三枝丑郎(明38卒、故人)が手を差し伸べた。山本は「これで助かったと思った。背負い子姿で家を飛び出し、国士峠の険しさも苦にならなかった」と振り返る。 譲り受けたダルマは成長にばらつきがあったため、自分の栽培場に適した品種にと改良を重ねた。ワサビ一本一本の形状や色を観察して苗を選抜、適材適所で植え直した。「寝ていても、どうすれば良品種が生まれるかを考えた。いい案が浮かぶと夜明けが待ち遠しかった」と懐かしむ。地道な作業の繰り返しが、周囲をうならせる大型ワサビを生んだ。長男・隆弘(昭36卒)を事故で亡くすと、二男・泰久(昭44卒)が跡を継ぎ、親子三世代に渡りワサビ田を守り続けている。 天城湯ケ島町の安藤弥恵(昭16卒、故人)は第六代県わさび組合連合会長。長男とともに実生品種の選抜改良に励んだ。「丸岩三号」「丸岩五号」を生み、今も町内の六割の生産者に広まっている。
真妻系の実生選抜「大妻」を世に出した内田良雄(昭31卒)は「見つけた時は興奮して寝付けなかった。優良品種は神様が与えてくれるようなもの。ワサビを神棚に上げて感謝した」と思い返す。浅田良治(明40卒、故人)は天城湯ケ島町わさび組合の設立に尽力。娘婿俊一(昭5卒、故人)、孫の好
(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。
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