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ハーブ・アロエ

伊豆の香り全国に発送


三島ハーブガーデンを立ち上げた近藤さん=三島市塚原新田
 昭和五十年代後半、「ハーブキャンデー」のテレビCMが流れた。耳慣れない響きに消費者が飛び付くように反応した。“第一次ハーブブーム”の始まりに、近藤和行(昭45卒)と高橋博幸(同)は胸をなで下ろした。

 その二年ほど前、近藤ら三島市の三人グループはハーブ苗の育成・販売を手掛ける「三島ハーブガーデン」を全国に先駆けて始めていた。だが、最初は珍しさに飛び付いた市場の関心も長くは続かなかった。出荷の半分が売れ残る。「もうやめよう」が幾度となく頭をよぎった。


珍しいアロエの原種を守る藤井さん=下田市白浜
 願ってもないブームの到来。近藤は「必ず香りの時代が来ると信じて臨んだ事業。我慢して良かった」と救われる思いがした。追い風を受けて三人の事業は拡大する。

 バブル絶頂期は、頭髪洗剤や料理スパイスに利用され、生産が追い付かない状況も経験した。現在は年間二百種、七十五万鉢を販売する。ガーデニングやアロマテラピーにも、ハーブは欠かせない。近藤は「利用方法が多くて、奥の深さが魅力。最近は消費者の方が詳しいほどだ」と苦笑する。

 健康志向の消費者にすっかり定着したアロエ。代表的自生地として知られる下田市で年間約八トンの生葉を栽培する日本アロエセンター代表藤井公行(昭32卒)は、売り上げの九割を通信販売で確保し、全国の“お得意さま”との心のつながりを大切にする。

 栽培場は白浜海岸に面した急傾斜地。アロエ入り緑茶、乾燥葉など加工品の生産・販売を手掛ける。絶滅の恐れもある珍しい原種を展示用に栽培し、昨年その一部を紹介するCDROMを製作した。  藤井は「大量生産・販売は大手に任せればいい。自分は地道に人の輪を作っていきたい」と一時のブームを冷めた目で見る。顧客名簿に書かれた四千五百人のほとんどが県外在住者。「伊豆の香りを届けたい」と、アロエ商品に手作りの無農薬ミカン、イソギクを添えて発送する。消費者の口コミでその輪は着実に広がっている。

 田農時代からドストエフスキーに傾倒し、休み時間も図書室で過ごしたほどの読書家。アロエの栽培技術や効能に関する文献を読みあさった。藤井は「自然には痛みと怖さがつきまとうが、きちんとアロエと対話することが大切」と語り、アロエ植物園の建設構想を温めている。

(文中敬称略)
 【注】カッコ内は卒業年。

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