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畜産(上)

 本場を抑え農水大臣賞


改良牛の産出に燃える高橋さん(左)と康明さん(右)=大仁町の大美伊豆牧場
 全国ホルスタイン共進会は、改良牛の産出に燃える酪農家たちの五年に一度の祭典。大仁町田中山の大美伊豆牧場は昭和六十年、北海道を抑え、内地で二回目となる農林水産大臣賞を受賞した。「牛の手綱を思いっ切り握り締め、泣きたいのを我慢した」。創業時からの夢を実現した社長、高橋定男(昭29卒)は、込み上げる喜びを必死にこらえた。

 共進会が初めて開かれたのは、高橋が田農に入学した昭和二十六年。知人の牛を応援するため、一人で神奈川県平塚市の会場に向かった高橋は、全国レベルの牛を前に「学校の牛とは何もかも違う」と心を突き動かされる。出場したすべての牛の名号を訳も分からず夢中でメモ帳に書きなぐった。「共進会で優勝するような牛を育てたい」。本気で酪農家を志すようになったのはこの時だ。

 卒業直後、親の援助で子牛一頭を買った。「生き物は欲しがられる時に売れ。再び良い物を作ればいい」。酪農家の先輩らに倣い、良系統の子牛を売却しては搾乳量の多い牛を買い足して、規模拡大を進めた。

 高橋は「牛の個性を見極め、いかにバランスのいい栄養価を与えるか。品評会で勝つための方程式を解くカギは飼養管理にある」と言い切る。人工授精に使う精液選定にも絶対の自信を持ち、日本ホルスタイン登録協会が格付けする優秀牛の産出量で全国二位。共進会の連続出場記録も更新中だ。

 現在の飼養頭数は約二百頭、搾乳量は年間八百トン。長男の成徳(昭53卒)がアイスクリームなど加工製品の生産・販売、二男の康明(昭55卒)が飼牛の担当責任者として牧場を支える。

 兄弟そろって田農の歴代生徒会長を務めた。康明は昭和五十四年、田農畜産科が中部日本ブラック&ホワイトショーで優勝した時の手綱役だった。米国人の審査員に声を掛けられたのをきっかけに米国に渡り、三年間の研修を積んだ。

 高橋は、県ホルスタイン改良同志会長や中部日本ホルスタイン改良協議会長などを務め、若手の育成にも力を注いだ。改良同志会には現会長足立進(昭45卒)副会長野秋勝裕(昭50卒)同小野靖(昭52卒)らが名を連ね、共進会でも常連として活躍する。小野と同級の神尾至(昭52卒)は妻、重子(昭54卒)と二人三脚で取り組み、賀茂村唯一の酪農家、浅賀幸寛(昭37卒)らも改良牛に情熱を燃やしている。

(文中敬称略)
 【注】カッコ内は卒業年。

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