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制服・実習服

都会的な雰囲気が人気


鈴木さんがデザインした作業帽 
 昭和三十三年冬、教諭数人が職員室のストーブを囲み話し込んでいた。「女子生徒のリボンを何色にするか」。農村家庭科の募集を開始し、数カ月後には女子生徒が初めて田農の門をくぐる。学校史に残る一大事業であり、教諭たちは細かなことにも神経をとがらせていた。

 すでに制服は決まっていた。当時の教頭、斉藤長徳(昭5卒)が東京上野の松坂屋で開催中だった制服展示会に足を運んだ。セーラー服が主流の中で、「他校のまねは嫌だった。せっかく東京まで来たのだから」。斉藤の選んだブレザーとプリーツスカートは、学校に待機していた他の教諭たちを一様に驚かせるほどモダンな制服だった。


農村家庭科設置当初の女生徒の制服
 「これにしよう」。突然、数学担当の溝田正治が声を上げた。溝田の指さすテーブルの上には、えんじ色の葉を付けたドラセナの鉢。疲れもあったせいか、長く続いた話し合いがその一言であっさりと片付いた。溝田は「濃紺の制服に濃い赤色のリボンはちょうどいいアクセントになっていた」と懐かしむ。都会的な雰囲気が漂う制服は修学旅行や遠足など地方に行っても珍しがられた。「東京の学校ですか」。その一言に女生徒は舞い上がって喜んだ。

 平成三年には九十周年事業の一環で、男女共に制服を改正した。在校生対象のアンケートが行われ、男子生徒は長く続いた詰め襟の学ランからブレザーに変わった。ズボンは特注の生地を使用し、グレー地のチェック柄。「他校にないズボンなので、かつて流行していた改造品は少なくなった」と意外な効果も現れた。

 生徒にとって制服と同じように気になるのが実習服だ。昨年までは、教諭らが「一目で何科の何年生と分かった」というほど学年や学科ごとにばらばらだった。「明るくてかわいい実習服がほしい」という女生徒の要望で統一することになった。

 現在の実習服はオーバーオール型で、炎天下の実習から身を守るための作業帽は野球帽型に変わった。緑や赤、ピンクなど五種類あるが、「一番人気は定番の紺。ピンクがクラスに二、三人なのは意外だった」と久保田豊和教諭。帽子中央のイラストをデザインした美術部の鈴木亜美(三年)は「男か女か分からないようなキャラクターにした。わたし的には完成度はかなり高い」と自信を見せる。

(文中敬称略)
 【注】カッコ内は卒業年。

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