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「皆は農家のお嫁さんになるんだから」。農村家庭科の一期生で、同窓会副会長の杉山すえ子(昭36卒、旧姓菊地)は教諭陣らが繰り返すその一言に「わたしの一生はわたしが決めるのに」と内心反発した。教諭や男子生徒のはれ物に触るような扱いを笑い飛ばし、女子一期生はたくましく学校生活を過ごした。
資金繰りに窮した学校側は牛舎とたい肥舎を改造し、にわか仕立ての被服室と食堂室を用意した。女子教室は男子教室の北校舎から完全に“隔離”され、職員室の隣に設けられた。杉山は「最初の女子生徒で、学校側はなにしろ心配だったのでしょう」と苦笑し、「先生が抜き打ちテストをやろうとするとキャーキャーと大騒ぎするので、担任は隣の職員室に響くのではとびくびくしていた」と思い出す。 女子教室にたどり着くには中庭を通り、窓から身を乗り出して関心を寄せる男子生徒たちの視線をくぐり抜けなければならなかった。同窓会副会長山田初代(同、旧姓浅野)は「ひやかしの声に耳をふさいで、下を向いて歩いたのは初めのうちだけ。卒業間近には三階の男子に手を振る子もいたほど皆度胸もついていた」と懐かしむ。 教諭陣を戸惑わせたのは“男女問題”だけに限らない。女生徒たちは夏の体操着をめぐっても、ちょっとした騒動を起こした。学校側が指定したのは紺色の厚手の生地で、「真夏に運動する格好としては、およそふさわしくないもの」。すけて見えるかもしれないというのが学校側の理由だった。女生徒たちは真っ白な体操着を許された男子をうらやましく思い、直談判を持ち掛けた。実現には至らなかったが、この動きは一期生が卒業した数年後に実った。 教諭陣らが「女子にできるのか」と心配した恒例の下草刈り実習も、男子と同じように真夏の山林に分け入り、堂々と作業をこなした。二年生の夏に訪れた戸田へのキャンプも思い出深い。女子クラスだけの初めての野外活動だったため、担任の土屋弘光は職員会議で反対が起きないよう綿密な計画を立てた。 「全員が農家のお嫁さんを夢に描いていたわけではない。今から思えば、多感な彼女たちは被服、保育、裁縫、調理などを通じて人としての幅広い勉強をしたかったのだろう」と土屋。女子教育の試行錯誤は続いた。
(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。
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