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サッカー部

県大会出場へあと一歩

 現役組で最近力をつけているのがサッカー部。一月の新人戦東部地区大会は予選ブロックを通過して決勝トーナメントに進出。東部十校枠の県大会出場まであと一歩に迫った。主将椿直也(三年)は「全国レベルの中部勢を倒し、県ベスト16に残りたい」と九月中旬から始まる冬の選手権予選に向けて気合を入れ直す。


冬の選手権予選に向けて練習に励むサッカー部=田方農高
 就任四年目の監督今田英史(平10―)がメンバーの足りなかったチームを再建し、急速に力をつけた。練習試合を含めた昨年の成績は49勝10敗6分。田方・三島地区選抜に選ばれたチームの要・DF村松巨樹(二年)は三島市山田小サッカー少年団出身で、ジュビロ磐田・高原直泰の後輩。「まずは予選で一つでも多く勝つこと。大学でサッカーをやりたい」と夢を語る。

 サッカー部の誕生は昭和五十一年、堀池正芳(昭52卒)が生徒総会で創部を訴える演説をしたのがきっかけ。中学時代からサッカー部だった級友に呼び掛け、大谷勝美、小野靖、黒柳徹(同)らが名を連ねた。同好会として一年間の試行期間を経た後、正式に発足できるよう承認を得た。

 内田茂隆、平井義則、高橋直人(昭54卒)ら新一年の入部でようやくチームが組めるようになった。個人所有のボールを持ち寄らないと練習ができない。堀池は「田農にサッカー部ができたことさえ知られておらず、他校に練習試合を申し入れても半年近く断られ続けた」と振り返る。

 初代メンバーは卒業間近の冬の選手権県予選が最初で最後の試合となった。部費で初めて購入したユニホームは白地を基調に左胸に「TGT(田方)」の横文字を入れた。堀池は「ばらばらの運動着だった同好会時代から初めてそろいのユニホームにそでを通した。最後に高校サッカーを体験できたのがいい思い出」と懐かしむ。高橋は「0―9で相良に大負け。ボールが敵陣に行くのがゴールキックの時だけで、相手にならなかった」と記憶をたどる。

 堀池らが卒業した後、小野幸雄(昭29―55)が顧問に就いた。当時、東京農大の応援団長だった杉山博一(昭49卒)のつてで、同大の日本代表で活躍していた杉山豊をコーチに招いたこともある。小野は「練習試合でも負け続け、選手は試合会場の隅で背中を丸めて小さくなる。プライドを植え付けることが必要だった」と打ち明ける。内田は「トップレベルの戦術が強烈な印象として残っている。ビデオ撮影し、この練習を続ければ強くなれるんだと言い聞かせた」とチームが本格的に活動を始めた当時を思い返す。

(文中敬称略)
 【注】カッコ内は卒業年。
    

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