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農業クラブ(中)

休日返上で寄生虫研究

 牛やヤギなど草食動物の肝臓に侵入し、貧血や体重減少、発育障害を及ぼす寄生虫「カンテツ」。昭和二十年代後半から三十年代初めにかけて、畜産クラブは田方郡一円の酪農家を脅かす“天敵”の実態を暴こうと乗り出した。生徒らが休日返上で挑んだこの研究は、プロジェクト発表Bの部で各部門を含めた県大会初の最優秀位。第一回鈴木梅太郎賞をもたらしただけでなく、地元の酪農家にも大いに貢献した。


田方郡下の牛のふんを採取して回る生徒ら=昭和28年、修善寺町紙谷
 テーマは「狩野川流域におけるカンテツの寄生状況と『ひめものあら貝』の生態について」。カンテツは、ヒメモノアラガイの肝臓で成長し、幼虫のまま水草などに付着する。これを食べた家畜の胆管で体長二、三センチの成虫に変化し、体内で暴れ回る。クラブ長の遠藤常美(昭29卒)と山口政義(同・故人)は「当時、ヒメモノアラガイは用水路を真っ黒に埋めるほどいた。既に定説になっていたがカンテツとの関連性に裏付けがない。優秀な牛を何とかして守らなければという思いが出発点だった」と振り返る。

 カンテツの被害が特出していた地域のヒメモノアラガイを採種。顕微鏡で成長を観察し、気温と水温が貝の生息に及ぼす影響を明らかにした。休日になると、各集落の神社や公民館に牛を集め、ふんを採取する。カンテツの卵が含まれていないか顕微鏡で調べた。貝の生息場所とカンテツの発生分布図を照らし合わせ、関連性があることを導き出した。

 各地区の獣医を巻き込んで、半信半疑の生産者に理解を求めた。自分の牛がカンテツに冒されていることを知った生産者は被患牛に投薬したり、あぜ草を食べさせないようにした。審査員からは「高校生としては狙いが大きすぎたが、いかにも農業静岡らしい」と高い評価を受けた。

 富永弘光(昭30卒)、長田喜八郎(同)らが研究を引き継ぎ、足かけ三年に渡って郡内すべての調査を終了した。富永は「周囲に頼りにされることにやりがいがあったし、地域と密着した研究だった。卒業までに絶対にやり遂げなければならず、時間のある高校生だからできた仕事」と語る。昭和三十年の第一回鈴木梅太郎賞は集大成でもあった。

 中田昌伸(平2卒)は昭和六十三年、意見発表会で初めてとなる全国優秀位を勝ち取った。テーマは「私は酪農に生きる」。全国の共進会で活躍する田農畜産科にあこがれ、母親の「普通高校を出ても牛は飼えるんだから」という反対を押し切って埼玉県からやってきたこと、下宿していた高橋定男(昭29卒)の大美伊豆牧場でのエピソードを披露した。「私の酪農に燃やしている情熱は物珍しさ程度のものではありません」と言い切った。

(文中敬称略)
 【注】カッコ内は卒業年。

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