<66>

農業クラブ(下)

本番10分へ3カ月準備

 昭和四十七年と八年、畜産クラブは花形のプロジェクト発表Aの部で関東ブロック大会を連覇した。田農では各科が競って力を入れるため、校内選考を勝ち抜くことさえ難しい。四十八年の発表役・長谷川守(昭49卒)は「本番はたったの十分。そのために費やした準備は膨大だった。やるべきことはすべてやって臨んだ」と振り返る。


乳牛にフランス産の肉牛種「シャロレー」を掛け合わせる生徒ら=昭和47年ごろ、田方農業
 研究テーマは「肥育用素牛としてF1シャロホーンの経済性について」。静大からフランス産の優れた肉牛種「シャロレー」の凍結精液を取り寄せ、能力の低い乳牛と交配する。産児を肉用として高価で売却し、酪農経営の合理化を提案した。理論も広まり始めたばかりで、実際に試す篤農家はまだ少なかった。

 いかに十分間でポイントをついた説明ができるか。図指係で部長の山梨隆和(同)スライド係の小島高男(同、故人)タイム係の川口智博(同)ら裏方陣も原稿を丸暗記するまで読み込んだ。専門外の統計学を学び、五メートル四方の特大の図表を作成した。レタリングを使ったグラフのデザインにもこだわった。観客席の後ろに陣取ったタイム係が小型の懐中電灯を揺らして進行状況を壇上に合図する。放課後遅くまで学校に残り、準備が整うのに三カ月掛かった。

 関東ブロック大会は山梨県民会館で行われた。富士駅から身延線に乗り込むと、車内で恒例の最終リハーサルが始まった。不思議そうに顔を向ける乗客の視線も気にならない。担当教諭の鈴木昭吾(昭22卒、昭46ー平2)は「うちの生徒はプロの酪農家と肩を並べて共進会で競っていた。高校生同士の大会で負けるはずがない」と自信があった。

 発表が終わり結果を待つまでの間、鈴木が名物のほうとう料理をごちそうしてくれた。山梨は「結果が気になってほとんど口にできなかった。関東ブロックは通過点。ずっと全国を目標にやってきたから」と懐かしむ。

 メンバーは、鈴木が田農に着任したと同時に入学した生徒だった。鈴木が初めての授業で「全国舞台に立たせてやるよ。一度でいいから経験しろ」とげきを飛ばしたことを思い出す。北陸・金沢で開かれた全国大会では、鈴木はいつになく「今日はお祭りだ。楽しくやれ」と一言だけだった。全国でも優秀賞を獲得した。

 「一位以外はビリも同じだ。一位しか関東大会に行けないぜ。堂々と大きな声で、腹に力を入れろ」。県大会当日、緊張を隠せない長谷川に鈴木がそっとメモを手渡した。長谷川は黄ばんだ一枚のわら半紙を今も大切に保管している。

(文中敬称略)
 【注】カッコ内は卒業年。

引佐高の100年 富士宮農高百年  御殿場高 躍進の百年 静岡新聞へ