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体育保健学が専門。代表作「間違いだらけのスポーツトレーニング」シリーズなど筋トレに関する著書は十九冊に上る。「子供やお年寄りにも筋トレを」「野球に走り込みは必要ない」。教え子のデータから導き出す独自の理論は、通説を真っ向から否定する。プロテインの効果やダイエット法も研究課題の一つだ。 「持論を実証するために自分の体を鍛えた」という鈴木は、ボディービルダーとしての知名度も全国トップクラス。講演活動、パワーリフティングで世界を目指す子供たちの指導と慌ただしく全国を飛び回る。 力道山ブームに沸く少年期を送り、「力に興味を持った」。中学時代からバーベル運動を欠かさない。田農では相撲部黄金期のエースとして国体出場した。 高校・大学を通じて後輩の山田陽一(昭47卒)は田農時代、ウエイトリフティングで国体出場。日体大では全日本インカレ団体を制した。田農の体育教諭が長く、国体県役員なども務めた。 岩手大名誉教授の平野輝雄(旧姓浅田、昭16卒)は「人の嫌がる仕事を進んでやる。そういう精神がなければ、これからの農業に未来はない」と力を込める。 獣医を志して岩手大前身の盛岡高等農林学校に進み、復員後、畜産農場の助手として母校に残った。五十五歳で教授となり、農業、園芸、畜産のすべてを統括する農場長に就いた。全国から集う農業後継者の実習指導にあたる傍ら、専門の家畜ふん尿処理に関する論文を発表した。 三十年ほど前から三十八回生にちなんだ「サンパチ会」を結成、同窓会の開催と広報誌発行の先頭に立つ。三年連続で学級長を務めたリーダーシップは健在だ。 田農で二十五年間教壇に立った三田昭二(昭20卒)は高校レベルの農業簿記を体系づけ、著作の参考書は全国の農業高に広まった。佐藤良平(昭16卒)は国語教育の振興に尽くし、退職後は県史編纂協力委員、中伊豆町誌編纂委員長。郷土の歴史を掘り起こした「郷音」を発刊した。 田方郡校長会長や全国校長会理事を務めた水口芳雄(旧姓萩坂、昭15卒)、元田方郡教育長会長の浜村捷紀(昭16卒)、田方郡校長会副会長だった内田勝(昭17卒)ら地元のOB校長は数え切れない。 (文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。 |
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