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日本獣医畜産大卒後、昭和二十二年、国立衛生試験所=現国立医薬品・食品衛生研究所=に入った鈴木は「牛乳由来ブドウ球菌に関する研究」を続けていた。「出たぞ」。取り組みから三年後、乳房炎に掛かった牛の乳に含まれる菌を注入した猫が、下痢やおう吐を繰り返すようになった。菌を人工培養・分離して、ブドウ球菌に毒性があることを明らかにした。 鈴木が言う「あの時」とは、昭和三十年、東京都内の児童約二千人が給食に出された同じメーカーの脱脂粉乳で食中毒を起こした事件のことだ。原因はこの時もブドウ球菌。鈴木が毒性を明らかにして二年足らず。「自分の証明を裏書きするようだった。国の対策案に自分の論文が取り入れられ、研究者としての手ごたえをつかんだ」 昭和五十六年、セレウス菌の発見(昭和四十五年)で、日本食品衛生学会の学会賞を受けた。同じ病原菌でも、国ごとによって異なるタイプが存在することを発表し、輸入食品から日本に入ってくる病原菌のルート解明につなげた。 衛生試験所の輸入食品検査の責任者として、生食用カキの病原菌の検査方法を確立した。「片言の英語で必死に交渉しながら」米国への輸出解禁を実現した仕事を懐かしむ。退職後は北里大で教壇に立った後、ダイエーで扱う食品の安全性を確保する消費経済研究所の学術顧問を務める。平成二年から日本獣医畜産大の同窓会長。 技術指導に呼ばれたオーストラリア、ベルギー、オランダでの生活も長い。「かつての病原菌は外国から五―十年の時差で入ってきたが、今では同時に発生する場合もある。狂牛病や遺伝子組み換えも含め、食品問題は国内に限ったことではない」と常に世界に目を置く。貿易圏がアジアに移り、「人材、技術、知識の豊富な日本の役割はますます重要になる」と強調する。 「農学生が場違いのところに足を踏み入れ、その挑戦心で突き進んできた」と鈴木。腸を若返らせるビフィズス菌のように、脳を若返らせるための微生物はないか―。喜寿を迎えた今も、白衣を脱ごうとしない。 (文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。 |
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