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しまむら ひでき氏
 1941年、東京都生まれ。東大理学部卒。北海道大海底地震観測施設長を経て、同大理学系研究科教授、同大地震火山研究観測センター長。著書に「地震は妖怪 騙された学者たち」(講談社)、「地震列島との共生」(岩波書店)「地震と火山の島国−極北アイスランドで考えたこと」(岩波ジュニア新書)など。

島村教授のホームページ

  ■ 島村 英紀


2001/05/28
■曲がるプレート 曲がらぬプレート

 前回は掛川と御前崎の間の地面の上がり下がりの話をした。これが静岡県ののっているプレートが沈んでいくバロメーターだと考えられてきたからだ。

 しかし、御前崎と掛川はたった二十キロしか離れていない。

 フィリピン海プレートが潜り込むのにともなって、静岡県だけではなくて愛知県や山梨県の一部までの広い範囲が沈んでいっている。つまり食パンの一切れを曲げているときに、一円玉ほどの大きさの端っこだけを見て、全体がどのくらい曲がっているかを推測しているようなものなのである。現に、最近の研究では、御前崎からすぐ近くの浜岡と掛川の間の地面の上がり下がりは、御前崎・掛川間とはかなり違うことが分かった。

 では、全体を見る方法はないのだろうか。これがなかなか難しい。

 名古屋大学のグループは、この二十年ほどのあいだの、食パン一切れ全体の曲がり方を研究している。

 データは十分ではない。静岡県でも愛知県でも、それほど多くのデータが二十年にわたって継続的にあるわけではない。名古屋大学がときどき測っていた光波測距儀(前に新妻先生のとき=連載第十二回=に紹介した道具)や、国土地理院の定期的な水準測量、それに愛知県が地下水の汲み上げによる地盤沈下を監視するために観測していたデータなどだ。

 おぼろげながら見えてきたのは不思議な現象だった。四、五年ごとに、曲がり方も曲がる量も違っていることだ。たとえば一九九五年までの五年間と、一九八七年までの五年間は曲がりが大きく、それ以外の期間は曲がりがほとんど進行していない。

 いままでは、この食パンは一定の速さで曲がっていっているものだ、だからもし大地震が起きるとしたら、その前には速さが変わるはずだ、と考えられてきた。

 しかし、この研究によれば、年によってはほとんど曲がらなかったり、年によっては倍の速さで曲がったりするのをこの二十年間繰り返してきたらしい。

 一方、この四、五年ごとの変動は、毎日のように起きているごく小さな地震の活動と関係があるようには見えない。たくさん曲がったらたくさん地震が起きそうなものなのに、と私たち地球科学者は理解を超える現象に困惑しているのである。


2001/05/21
■地震予知の「看板」のなぞ

 一九七〇年代の終わりに東海地震が問題になったとき以来、地震予知の看板として掲げられているグラフがある。それは掛川と御前崎の間の地面の上がり下がりだ。

 このデータは、国土地理院が測り続けているものだ。地理院が地震予知連絡会に発表する資料の最初のページにいつも掲げられている。

 フィリピン海プレートが年々潜り込み、それにつれて静岡県がのっているユーラシアプレートが引きずり込まれていく。そのときに、内陸の掛川よりは沿岸の御前崎のほうがたくさん沈んでいく。

 やがて、もし東海地震が起きるとすると、そのすぐ前には、フィリピン海プレートとユーラシアプレートが地下で接している部分が耐えきれなくなって、静岡県がのっているプレートがこれ以上沈み込めなくなる。つまり、御前崎の沈下が止まる。やがて大地震が起きて、ユーラシアプレートが跳ね上がる、というのが想定されたシナリオだった。

 このため、このデータのちょっとした上がり下がりが注目を浴びてきた。今のところ、年に五、六ミリずつ御前崎が沈んでいっている。

 不思議なことがあった。毎年一センチを超える変化があることだ。前の年のことを知らなければ、御前崎の沈下が止まって上昇に転じたか、と思うくらいの大きな変化が毎年繰り返されてきている。

 この年周変化が何かは分かっていない。測量の誤差だろうか。しかし、世界に誇る測量技術を自任する国土地理院は測定に自信を持っている。

 では地下水が変動しているのだろうか。それとも潮汐による海水の重さの影響だろうか。いろいろな説が出されたが、決着はしていなかった。

 ところが、別の測定方法だと、これほどの年周変化がないことが、最近分かった。いままでは地面の上を人が歩いて測量する水準測量という手法だった。しかし、人工衛星からの電波を使った測地測量だと、年の変化がたった数ミリになってしまったのである。

 さて、いままで見てきた年変化は何だったのだろう。新しい測定方法でも少しは見えている年変化は、そもそも地球のシグナルなのだろうか、解くべきなぞは、まだ多いのである。


2001/05/15
■地震が起きると魚が捕れる?

漁獲量と地震の関係を調べて最初に論文を書いたのは寺田寅彦だ。一九三二年のことである。

寺田は伊豆半島の伊東沖に起きた群発地震の日別の回数のグラフと、アジやメジ(マグロの仲間)の漁獲量のグラフが、実によく似ていることを示した。

ひとつ不思議なことがある。漁獲量は、アワシマとシゲデラでのデータ、とある。英語の論文だから漢字は書いていない。しかしこれらは伊豆半島の西海岸の地名だ。東海岸のデータがなかったのか、あっても地震との関連が見えなかったのか、今となっては調べようがない。

その後、寺田の追試をした科学者がいる。相模湾から伊豆半島東岸にかけての定置網二十七カ所の漁獲量を、最近の約二十年間について調べた。

定置網でよく捕れる魚は、このあたりではアジとサバとイワシだ。群れをなして浅いところを回遊する、いわゆる浮き魚である。静岡県と神奈川県の水産試験場が魚種ごとにデータをとっている。

この二十年には、伊豆大島で全島民が島外に避難した一九八六年末の噴火があった。また一九八九年五月に始まった群発地震が拡大して七月に海底噴火があり、手石海丘を作った。このところ静かだが、寺田が調べたような伊東沖の群発地震も十回以上あった。

寺田が示したような例もあった。

たとえば、真鶴のすぐ北にある小田原市米神の定置網では、伊東沖の群発地震とアジの漁獲量は実によく似ている。また、熱海市多賀の定置網でのアジの漁獲量は、一九八六年の伊豆大島の噴火の前後に起きた地震の数とうり二つだ。これらのグラフだけを見せられれば、誰でも地震と漁獲量の関係を信じるだろう。

なぜなのだろう。魚たちは地震が怖くて、地震から逃げようとして網にかかってしまうのだろうか。それとも、好奇心にあふれていて、地震に寄って来たときに網にかかってしまうのだろうか。

しかし、全体としては寺田寅彦が示した例のように見事なものばかりではなかった。近くの定置網では関係らしきものが全く見えないことも多かった。しかもその中には、地震の震源にもっと近い定置網もかなりあった。

つまり、私たちは、まだ魚に聞いてみなければわからないことが多いのだ。

残念ながら、現代の科学は、まだ寺田の科学を超えられないのである。


2001/05/08
■なぜ上げ潮のとき地震が多い?

地球科学者が首をひねっているなぞがある。静岡県の地下で起きている地震の回数が、満潮時にも干潮時にも少なく、その途中に多いことが、最近、発見されたからだ。

全部の地震ではない。駿河湾の底から静岡県の地下に滑り台のように潜り込んでいっているフィリピン海プレートの内部に起きた地震だけを選んで、数え直したときに発見されたものだ。

最近十四年間に起きた地震は約千百回あった。地元の人がこれだけの数の地震を感じたわけではない。ごく小さな、身体に感じないような地震がほとんどだ。

すると、満潮時と、干潮時には、それぞれ地震の一六%ずつしか起きていないのに、上げ潮時には三四%、下げ潮時には三三%もあった。つまり、上げ潮時と下げ潮時に起きた地震のほうが、満潮時や干潮時よりも、ずっと多かったのだ。

はて、なぜだろう。磯にすむ魚介類ではあるまいし、地下で起きる地震がなぜ潮の干満に関係するのか、残念ながら、現代の科学はこの答えを持っていない。

しかし、地震が今にも起きそうになっているときには、ごく小さい力でも、地震の引き金を引くかもしれない、と考えている学者もいる。その学者は、カムチャツカでは気圧の変化で地震の数が増減したと言っている。

潮汐に伴って厚さ百キロほどあるフィリピン海プレートに乗っている海水が数十センチほど増えたり減ったりする。もし気圧が影響するくらいならば、この程度の変化でも影響するだろう。しかしこの説には、確証も、あるいは明確な反証も得られていない。

もっと不思議なことがあった。一昨年の秋から昨年の三月までの半年間だけは、上げ潮時の地震だけが極端に増え、下げ潮時の地震が減った。その差は十倍にも達したのである。

その後、この一時的な「異常」は、特別な地球科学的な事件をなにひとつ起こさないまま、元に戻った。それから一年以上たつが、その後はその「異常」の前と同じ傾向が続いている。

この期間だけ、地下でなにが起きたのだろう。また起きるのだろうか。私たち地球科学者を悩ませるなぞがひとつ増えてしまったのである。


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