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しまむら ひでき氏
 1941年、東京都生まれ。東大理学部卒。北海道大海底地震観測施設長を経て、同大理学系研究科教授、同大地震火山研究観測センター長。著書に「地震は妖怪 騙された学者たち」(講談社)、「地震列島との共生」(岩波書店)「地震と火山の島国−極北アイスランドで考えたこと」(岩波ジュニア新書)など。

島村教授のホームページ

  ■ 島村 英紀



2001/07/29
■トルコ大地震を起こした断層の行方

 いま、北海道大学の助手や大学院生と一緒に炎熱のトルコで暮らしている。

北アナトリア断層という長さ千キロもある大断層がトルコを東西に横断して走っている。次々に大地震を起こした断層だ。震源は六十年かかって東から西へ移動し、一九九九年八月のトルコ大地震で西端に達した。この地震は公式発表で一万五千人もの犠牲者が出たから、覚えている人も多かろう。実際には倍以上の犠牲者だと、こちらの人は信じている。

この断層の先には、マルマラ海という細長い海がある。海底に続いているに違いない大断層の行方とありさまを調べるのが、私たちの研究なのである。

実験は、私たちが日本から運んだ海底地震計約四十台をマルマラ海の海底に置き、一方パリ大学が持ってきた約五十台の陸上地震計をマルマラ海を取り囲んでいる陸地に置いて行われる。地元のトルコの大学も全面的に協力してくれるから、三国共同の大実験ということになる。

実験は八月早々に始まる。いま、日本から運んできた海底地震計を組み立てるのに、トルコやフランスの研究者や大学院生に手伝ってもらって大わらわだ。

私たちが滞在しているのはトルコ第一の都会イスタンブールから東へ六十キロほど行ったマルマラ海沿いの町だ。宿舎には研究所の職員住宅を一軒借りて、私たちのほか、トルコ人とフランス人、男女合計で八人が暮らしている。敷地内を大きな亀がのんびり歩いている。

先週は当地でも異例の暑さだった。四十年ぶりに四十度を超えたという。

しかし、冷房というものはない。家も仕事場も暑いが、海際のせいで、朝夕だけはほんの少しだけ涼しい。

外国でのフィールドワークでは、文化や習慣の違いに驚くことが多い。今回はお金の数字に目をまわしている。ガソリン一リットルが百七十八万、食事の一皿が二百五十万トルコリラといった数字なのだ。すぐに電卓では計算できない桁数になってしまう。

じつはここ数年トルコは大変な不況とインフレにあえいでいて、それに大地震が追い打ちをかけた。科学研究費はほとんどない。自国だけで地震研究をするのはとうてい不可能なのです、とこちらの地球科学者は嘆いている。

日本を別にすれば、大地震は豊かでない国を襲うことが多いのである。


2001/07/24
■科学者の「5年」 行政の「1年」

 科学者という職業がある。辛辣な評論家である劇作家の別役実さんを例外にして、一般には、その言うところが信用できる人だと思われている。ちなみに、別役さんは科学者を詐欺師かまじない師の仲間だと思っているらしい。

さて、地球科学者である私もその科学者の一人だが、薄氷を踏む思いのことがある。それは、地球の事件についての見通しを話さなければならないときだ。

これが、物理学者や天文学者だったら、どんなに気楽だろう。物理法則がすでに分かっていることを予想するのは易しい。イチローが打ったボールの初速と方向だけが分かれば、あとは目隠しをされても、それがどこに落ちるか、ホームランになるかどうかを予測するのは私にだってできる。方程式に数字を入れれば結果が出るからだ。日食や月食も簡単に計算できる。たとえば二〇一二年五月二〇日には静岡県で金環食が見えることは、すでに計算されている。

一方、地震や噴火の予測は、はるかに難しい。そもそも事件が起きる法則が分かっていないし、地下での「準備」を正確に把握することができないからだ。

法則を適当に仮定し、現在の状態も適当に仮定することではじめて、ある結果が出る。だが二つの「適当な仮定」が妥当だったかどうかは確かめようがない。仮定を変えれば結果も違ってくる。

昨年秋からの全島避難がいまだに続く三宅島は、どの科学者にとっても見通しが難しい。担当である噴火予知連絡会は、ある科学者に依頼して、毒ガスの放出が止まるまでの期間を計算してもらった。

もちろん、十分なデータがあるわけではなく、法則も分かっていない。「適当な仮定」を重ねた結論は、毒ガスが静まるまでに短くて五・五年、長くて二十六年というものだった。

しかし、公式の発表文は「一年以上」になった。ウソではない。だが、行政的な判断が加えられたのである。避難中の島民や地元自治体をがっかりさせまいという配慮が働いたのだろう。

ところで、こういった行政判断の陰で、科学はどこへいってしまったのだろう。

あいまいさや、分かっていないことをどう正確に伝えるのか、ここには大きな問題がある。役所が発表文の数字を書き換えればすむ問題ではあるまい。地震についても、他人事ではない。


2001/07/16
■地震の当たり年、被害の当たり年

 暑い夏だから、怪談をひとつ。

 世界中に起きている地震を全部数えてみたら、毎年、同じように起きているのだろうか。それとも、地震の当たり年のようなものがあるのだろうか。

 米国の地球科学者が、二十世紀の初めから、それぞれの年に起きた地震で放出されたエネルギーを足し算してみた。

 驚くべきことが分かった。年によって、地震のエネルギーは百倍も違っていたのだ。エネルギーがいちばん高かったのは一九六〇年。この年を中心に、五〇年代の初めから六〇年代の後半までが二十世紀中で最大のピークだった。

 それに比べ、四〇年代や七〇年代以降は、地震のエネルギーはずっと低かった。つまり、地震には当たり年があったのだ。

 なぜ当たり年があるのかはナゾだ。プレートの動きが大規模に変動するのか、地球の自転がわずかながら変わるのか、といった学説はある。しかし、どれもまだ、確かめられてはいない。

 ところが、この科学者は、もっと不思議なことも見出していた。地震による死者を同じように年別に集計してみたのだ。

 多い年は六十万人もの方が亡くなり、十万人を超えた年も多い。世紀最多は中国で唐山地震があった一九七五年、十万人を超えたのは日本の関東大地震(一九二三年)をはじめ、ペルー、グアテマラ、トルコ、パキスタン、イタリアなどでそれぞれの大地震があった年である。

 ところが、年別に数えてみると、地震のエネルギーが一番多かった五〇年代から六〇年代までは、死者の数は二十世紀でも群を抜いて少なかったのだ。なかでもエネルギーがピークを迎えていた五〇年代の初めには死者は年間百人台で、これは世紀中で最も少ない。

 さて、なぜだろう。地震のエネルギーが少ないのに死者が多い。これは怪談だ。

 いろいろな原因があろう。たとえば、地震が襲う場所の運不運はある。また、世界の人口が増えていって社会が高度化すれば、同じ大きさの地震に襲われても、被害が大きくなるだろう。

 一九七〇年代以降の犠牲者の数のグラフを見ると、「低迷」している地震のエネルギーのグラフをよそに、不気味に鎌首をもたげているように見える。私たちは文明の便利さと引き替えに、災害への弱さを負わされてしまっていなければいいのだが。


2001/07/10
■解けなかった 駿河湾底の泉のなぞ

 十五年目のナゾは、今回も解けなかった。海の女神は科学者の目にさらされるのを好まなかったに違いない。

 連載十一回(四月十六日)に書いたように、一九八六年に駿河湾の深所で異常に多くのマンガンが含まれている不思議な海水が採れた。しかも地震で増える。

 一九九六年には駿河湾の一番深いところを南北に深層水を採集した。しかし、ナゾはむしろ深まった。不思議な海水が採れたのは駿河湾の底を走る駿河トラフのうち、たった一地点だったのだ。

 そのナゾの場所に深海潜水艇が挑んだ。榛原沖の水深二二〇〇メートル。この六月のことだ。乗ったのは北海道大学理学研究科の角皆潤(つのがいうるむ)先生。地球から湧いてくる、地震や火山に関係する水やガスの専門家だ。不思議な水を噴き出している海底の泉が見つかるのではないか、それが静岡の地下で起きる地震とどんな関係があるのか、と私たち地球科学者の注目を集めていた潜水であった。

 残念な結果になった。駿河湾の海底はひどく濁っていた。深海潜水艇にとっては視界がすべてだ。泉を発見して精査するどころか、海底がどこにあるかさえも分からないほど視界が悪かった。操縦したパイロットも経験したことがないほどだった。先生は別の日に再度挑戦した。しかし、同じだった。

 季節が悪かったのか、前に降った雨の影響で陸の土砂が駿河湾に流れ込んでいたのだろうか。いずれにせよ、またとない機会を先生は失ってしまった。

 見えないまま、緯度経度だけを頼りに海底の泥を採ってきた。だが、ちょうど泉のところで採れた可能性は低い。

 先生の悔しがるまいことか。

 けれども、科学の最前線とは、このようなものなのだ。長年準備したあげくに、異国など、遠い現場に行って砂をかまされた経験は、私たちフィールドの科学者の多くが持っている。

 しかし先生には前例がある。阪神大震災前の地下水の変化を調べようとして、あるミネラルウオーターの製造会社が持っていた製造月日別の製品を調べようとしたが、提供を断られた。それでは、と全国の商店にあった、その会社のミネラルウオーターを買い集めて分析し、世界的な論文を作った。

 剛腕の先生のことだ。次の一手を画策しているに違いない。


2001/07/02
■4つある委員会は何が違う?

 これはクイズだ。地震についてのお役所の委員会が三つある。地震予知連絡会と、地震防災対策観測強化地域判定会と、地震調査委員会だ。それぞれどこにあって、なにをやっているところだろう。

 正確に答えられる人は、ほとんどいないに違いない。

 正解は、本拠は順に、国土交通省の国土地理院、同じく国土交通省の気象庁、文部科学省にある。今年からの省庁再編で親省庁は統合されたのに、これらの委員会はそのまま残された。

 それぞれがやっていることの違いは、もっと難しい。

 比較的わかりやすいのは地震防災対策観測強化地域判定会、通称、判定会だ。「東海地震」の予知だけを扱う。毎日監視しているデータから、東海地震が来ることを察知して警戒宣言を出すことが役目である。判定には白か黒かしかない。前会長が灰色の結論が出せないことに不満で辞任したことは記憶に新しい。

 地震予知連絡会は、日本各地の地震について情報を集め、将来を予測する。実は東海地震についても情報を分析しているのがややこしい。しかし、この委員会は、定期的に年四回しか開かれないから、即応体制はとれない。

 地震調査委員会は阪神大震災後に作られた。この委員会も地震予知連絡会と同じく、日本各地の地震について、情報を集めて将来を予測している。委員会は月一回開かれている。実はこれらの地震の委員会のほかに火山噴火予知連絡会というものがあり、これは気象庁にある。

 たとえば昨年初夏の三宅島では、島内でマグマ騒ぎがあり、その後、震源が島内から神津島沖の海底へ移動して群発地震になった。このときは、四つの委員会すべてで、同じ現象を議論していた。判定会も、想定されている東海地震に関連する地域だから、影響を議論したのだ。

 さて、違いを分かってもらえただろうか。分からなかったに違いない。つまり、それぞれの委員会はそれぞれ別の政治家を動かした設立の経緯があり、それぞれの役所の綱引きやメンツがあって、独立に並行して動いているのである。

 国費の無駄遣い?いや、もしかしたら、これは四つの違う予測を発表して、国民に選択の自由を与えてくれる仕組みだろうか。もしそうだとすれば、どの官庁も重大な責任をとらなくてすむ。なんと巧妙な仕掛けなのだろう。


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