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「英語教育の低年齢化を考える」  投稿特集・インタビュー  (03/10/12)

公立小学校への英語教育導入の賛否を論じてきたトークバトル「英語教育の低年齢化を考える」の第三回は、これまでに寄せられた反響の一部を紹介します。早期教育の賛成論、あくまで子どもの関心を尊重すべきという声、はっきりとした目的意識を持った上で英語を習得すべきとの指摘など、さまざまな意見が集まりました。また、第二言語習得論が専門で、中学校英語教科書の編集にもかかわる静岡大学教育学部の白畑知彦教授に、小学校の英語教育に何を期待するべきかなどを聞いてみました。

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現在中三の長男が一歳の時にン十万もする英語の教材を買いました。一番活用したのは四―五歳のころでした。子どもってすごい! と思うくらいどんどん英語を覚えました。フリーダイヤルでの外国人の先生とのレッスンも毎週楽しみにしていましたし、年に何回か外国人の先生が地方をまわるイベントも喜んで参加していました。高い買い物だったけど、このままいけば英語がペラペラになるかも!?なんて期待したものでした。

 ところが下の子が生まれ、長男も小学生になったら、忙しくて見てやれなくなったり、本人も他のことへの興味が移り、だんだんやらなくなり、ついに全くやらなくなりました。すっかり忘れました。そして中学生になって学校で習うまで五年以上間があいてしまいましたが、現在英語の成績は良いです。音読は上手でも下手でもないけれど、ヒアリングはほとんど間違えません。幼いころの記憶が残っているのかしらと思うことはあります(ちなみにその当時、読み書きは全くさせていません)。あのままずっと続けていたらもっと英語ができていたかもしれないし、興味を失っているのに無理にやらせて英語嫌いになってしまったかもしれません。

 我が家の場合、買ったものを使いこなせなかったわけですが、そういうお宅が多いのではないかと思います。

 数多くある英語教室や教材から選び、自分に合ったペースでやるのでさえこうなのですから、カリキュラムも先生もこちらに選ぶ自由のない公立小学校で一斉に英語、というのは反対です。早いうちに英語ギライな子にしてしまうか、英語教室を繁盛させるだけだと思います。

(静岡市、英検3級)

fax 上達には目的意識が必要
最近、児童英語教育が盛んに唱えられている。楽しい英語の歌やゲームがその児童の自己主張の手助けとなるなら、大いに結構である。しかし、それで英語が知らず知らず身に付くなどということは決してあり得ない。どの言語にも言えることだが、「なぜ学ぶ」のか。はっきりとした目的意識がなければ、上達は期待できないであろう。「英語習得は手段であって、目的ではない。英語を学ぶのではなく、英語で(何かを)学ぶ」ことを自覚することが、まずは大切ではないだろうか。

 では、英語教育の前に何が必要とされているのか。それは「日本人としてのアイデンティティーの確立」である。例えば、日本語をきちっと学ぶこと。経験上、「副詞」という言葉ですら日本語で理解していないのに、英語の副詞が分かるはずがない。もう一つは、日本文化を継承すること。世界に引けを取らないほど素晴らしいものがあることを意識し、それを英語で表現できたら最高の国際交流である。最後に「世界の中の日本(人)の立場」を常に自覚すること。一国、一民族、一言語は世界でまれであることから教わりたい。

 英語(第二外国語)を習得するのは中学以降でも遅くはない。しっかりとした目的意識を持って学習してほしい。「聴いて」「声に出して読む」「覚えたら書いて確認」の繰り返しを大切に。

(静岡市、桐原健一、教員、39歳)

e-mail 国際交流の現実的手段
英語教育の低年齢化に賛成。国際理解教育のひとつの手段として、あるいは日本語を話せない他の国の人々との文化的および経済的な交流やコミュニケーションを円滑に行うための手段のひとつとして、英語を身に付けることは重要と考えます。

 「(英語が広く使われるのは)より多くの人と意見を交換するのに都合がいいというだけ」と英語が広く使われていることを軽く考えているようですが、これって原因はどうあれ、とっても大事なことのように思えます。

 「より多くの人」と意見を交換するのに現段階で英語以上に都合がいい現実的な手段があるなら提案してほしいし、ないなら、英語を駆使して「より多くの人」と意見を交換することができなくても、それはそれで構わないということなのでしょうか。

 日本が今まで海外における日本語の普及に力を入れていれば(国連での日本語の公用語化や日本語の教育機関への助成金等)よかったのですが、日本語は国際社会でのコミュニケーション手段として認知されてはいないので、やはり相手の国の言葉、あるいは英語を使わないと残念ながらお互い意思の疎通が図れません。複数の外国語を学ぶことができればそれが一番いいのですが、現実的には無理があり、となると現在世界標準に一番近い位置にある英語を身に付ける必要があると思います。後はそれを学び始める時期はいつがいいかという問題だけで、(日本語の)発音を聞いて文字として漢字やひらがなを思い浮かべられるようになる前がいいのではないかと思います。

(三島市、kiku+、43歳)


静岡大学教育学部教授
白畑 知彦さん
(静岡大学教育学部教授)
白畑 知彦さん
過大に期待するのは禁物

―公立小の英語活動をどう評価しますか。

「強調しておきたいのは、英語の能力の伸長に過大な期待をしてはいけないということ。少なくとも現状では、総合学習で英会話が始まったからといって、子どもたちがみんな急に英語を話せるようになるなどということはありえない。半数以上の小学校で導入されているといっても、年間二十回以下のところがほとんどです。インプットの量がとても足りません」

―成果は期待できないということでしょうか。

「すぐしゃべれるようになる、というような過剰な期待は禁物だということです。小学校の英語活動にはもちろんいい面もたくさんある。知らない言語に接して刺激を受け、世の中には自分と違うものがあるという認識を持つ意味は大きい。言葉そのものの面白さに触れる機会も広がるでしょう。日本語との比較の視点も出てくるといい」

―英会話の導入が始まり、現場の反応はどうでしょう。

「先生方にもまだ戸惑いがありますね。しかも保護者の要望を聞くと、いい発音を身に付けさせてほしいという声が圧倒的に多いようで、現場のプレッシャーは大きい。音声教材を活用して、英語を怖がらないための準備体操をするというくらいの姿勢で臨んでほしいと思いますね」

―発音の理解が早いという観点から、早期教育の意義が強調されます。

「生まれたばかりの子どもが母語にはない言語音も聞き分けることができるのは確かですが、せいぜい生後十カ月くらいまで。日本で生活してきた日本人の小学生が、RとLを区別できるかといえば、きちんと教えて練習しなければ無理。いったん耳で聞けば、即座に同じ発音ができるなどというのは幻想です。逆に、大人でも、刺激や環境次第で発音は身に付く。発音を身に付けることだけを理由に、急ぐことはないと考えます」

―教科化についてはどう考えますか。

「中学との連携をきちんと考えれば成果を期待してもいいでしょう。中学の先生からは教科書をもっと掘り下げて教えたいが余裕がない、という声が多い。中学三年間でやっている内容を小学校から少しずつ導入して、発音を教える時間もきちんと作り、中学の最後には演習や読み物に取り組む期間を設けていけば、定着度は上がると思います」

―小学校ではどんなカリキュラムが考えられますか。

「忘れてもいい、という無理のない姿勢でやる必要がある。例えば三年生から始めるとして、四月に簡単なあいさつを学んだとしたら、四、五、六年生でも四月はあいさつをテーマに、少しずつフレーズを増やして繰り返していく、というように、らせん的に発展させるカリキュラムが理想的ではないかと思いますね。忘れても一年後にもう一度思い出す機会を与えてあげることが大切でしょう」

―小学校で固めるべき基礎は何でしょう。

「英語教育の最終的な目的はあくまで、堂々と自分の意見を英語で言えるようになること。小学校で大事なのは、まず意見を言うための土台、態度面の育成です。本を読む習慣をつけるなど知識を吸収する素地を作ること、他人を理解したいと思う心を育てることですね」



■次回19日も「英語教育の低年齢化を考える」 投稿特集

投稿特集とインタビュー、最後までお読みいただけましたか。公立小への英語導入で「英語に堪能な子どもが育つ」という期待感に対して、白畑さんは、英語能力の向上については小学校に過剰な期待をするべきではない、と戒めています。次回のトークバトルも「英語教育の低年齢化を考える」をテーマに、みなさんからの投稿などをお届けします。感想や意見をお寄せ下さい。


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