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| 新聞・テレビ・ラジオ連動企画 「合併の主役は誰?」 投稿特集 (04/04/11) |
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地方自治は、民主主義の学校と言われていて、市民生活に密着したものであるから、市民を蚊帳(かや)の外において、役人の勝手な都合に振り回されて、市民が不幸になる事がないようにくれぐれも願いたい。 地域の将来の発展を視野に入れて、市民が安心した暮らしを送ることができて、おらが町に誇りと情熱が持てて、よそから人が集まってくるような魅力ある町づくりをしていってほしいものと感じられる。
(磐田郡福田町、伊藤寿克、32歳、農業)
まず、合併によって市町村の職員が大幅に減らされる。たしかに人件費削減も必要かもしれないが、このような人たちはどうなるのか。 さらに、今までよりも市町村の管轄が広くなることで道路や河川の整備が充実しなくなるかもしれないのである。 まず住民のことを直に考えるべきだ。
(雨月玲治、16歳、高校生)
今は不景気。みんな読み書きができる。だが、平和ボケで政治家・公務員の悪いことも見逃して、我々住民の地方自治を我々住民の力で達成し我々のための自治をめざしその手段としての合併(リンカーンみたいですが…)を掲げて、国の広報に踊らされ、あたかも自分たちのための合併をしてるように自らを洗脳して魔法にかけている。 でもこれはあきらかに国の財政再建の一環のように見える。国民の情報入手手段が明治のころから比べれば飛躍的に多くなった。そうなれば、それにあった方法で国民を踊らせる。国民を踊らせるのは一種の仕事だから国は国民より、う・わ・て・。 「合併の主役は誰?」住民? 議員? 国? 評論家? では、それぞれが求める合併の成果は? 住民は議員・役人の更生(笑)を大前提にしなければ不可能ともいえる透明な自治とそこから発生するはずの減税という成果。増税が少しでも免れればという考えが大半ですが、理想のようなお願い事…。議員は現在の地位と特権と収入の維持。これは、住民の理想を最初から打ち砕きます。国は財政再建の一環? 演劇で言えば、脚本・演出が国。悪役の助演が議員。悲劇か喜劇? の主役はやはり住民ですね! で、観客が評論家でしょうか? 評論家の方々の口癖の「私が十年来言い続けている…」という台詞(せりふ)はまさに観客。 主役は住民ですが、やはり脚本家がいるのではその主役の意味もどうかと思います。これまで、合併賛成・反対の理想の地方自治の話を数々聞いてきましたが、合併反対を唱える方々は、不正をしない議員・公務員がこれまでとは違った民間企業のような手法での自治を大前提に話しています。これはホントに可能なのでしょうか? 合併賛成者は、議員・公務員の不正に関しては先送りの問題として、行き詰まった現状と将来への不安を合併という勢いで打開しようとしているように見えます。合併の主役? 合併問題は「株式会社当該地域」の社内問題だと思います。首長! 男をみせろ! または、住民でホントの首長を立てろ! ではないでしょうか?
(静岡市、宮城島善吉、38歳)
袋井市の場合、既成の中心地のことはさて置き、森町の北辺から南は太平洋に臨む浅羽町など過疎地で暮らす人たちにへの施政のポイントが課題と思う。まず考えられるのが救急医療で、ヘリの対策は講じられていても離着陸の整備はOKといえるだろうか。 その他、保健、産業など生活安定への基盤の整備は他人ごとではないと思う。弱者への対策をおろそかにしては合併はむなしい。難しい施策のことは分からないが、全住民の生活向上こそ合併の第一義であると思う。
(袋井市、鈴木孝一)
合併には、合併のメリットを見つけ出し、広域的視野から合併を企画する発起人、地域自治体と他の自治体との間を取り持つフィクサー役、輻輳(ふくそう)する事務手続きなどをこまめに整理実行する庶務担当の総務屋さん、その是非を議論する議員の方々、など貢献する人は多数になる。 私は仕事柄発起人的役目は幾つか果たしてきた。当時静岡住民だった私は、静岡市と清水市の合併の端緒では、清水市との合併によるメリットを何人かの市議と市長にも話してきた。当初は可能性のみの発議であったが、それは主役とは違う。市町村合併が話題を呼び始めたころは、岐阜県の自治体と接触していた。揖斐川を囲む幾つかの町村が、もし今後合併に進むのであれば、私の刺激的発案が地元で醸成されたものになるのかもしれない。 また、浅草岳という福島県と新潟県の県境にある壮大なスキーリゾートの実現に向け、山を中心とした二つの町に提携して大きな事業を検討してみないか、という提案をしてみたことがあったが、やる気満々の福島県側の町に新潟県側の町に働き掛けを提案した時には、県をまたぐことの難しさと、新潟県側の町が民間大手のリゾート企業と提携する話がつきそうだということで提携の損得勘定で他の町の介入を嫌われたこともあった。 発案が住民の理解を得て、合併へと進んでも、決して発案者が主役にはなれない。関係町村の議員諸氏の懸命な努力が合併には必要となる。合併の主役は、経過の中で入れ替わり立ち替わり変化し、同じ目的に向かって、同等の理念と信念で完成に向かうのが常なのだ。関係者すべてが主役とも言えよう。もひとつ突っ込んでいえば、主役は同じ目的を持った理念と信念だとも言える。
(藤枝市、宮崎加平、68歳、無職) |
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| 土日にも家庭訪問を |
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私は小学生2人、中学生1人を持つ働く母です。 授業参観、家庭訪問、面談があるたびに仕事を早退しなければなりません。 かわいい子供のこと、仕事と比べる事はできませんが、この不況の中そうそう仕事を休んだり早退することもできません。自分が病気になってもよっぽどひどくなければ休まず働いている人が多い中、最近の学校の対応に疑問を持たずにはいられません。 どうして学校の先生方は自分の勤務時間外には面接や家庭訪問をしてくれないのでしょうか? 学校から指定された日が都合が悪くて先生方と交渉をしてもいつも平日の時間内を指定されます。決して土日や平日の6時以降などの時間帯は時間を作ってくれません。授業参観は子供たちがいることなので仕方がないことかも知れませんが、家庭訪問や個人面談は何も平日の5時までしかできないということはないのではないのでしょうか? 働いている親が多い中、平日の5時までしか家庭訪問や面談を行わず、親が仕事を休んでくるのが当たり前だという時代はもう古いのでは? 学校側も平日都合のつかない家庭には平日の5時以降、もしくは土日に家庭訪問や面接等を行ってほしいと思います。 (静岡市、39歳、働く母) |
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■次回(18日=日曜日)は「どこまで認める?生殖補助医療」 インタビュー がんのため子宮を摘出しながら、子供を望んでいたタレントの向井亜紀さんが、米国での代理母出産により双子の赤ちゃんを得たと記者会見したのは記憶に新しい出来事です。生殖補助医療の進歩はめざましく、不妊に悩む人が子供を得られる可能性は確実に広がっています。しかし一方で、生殖補助医療には夫婦以外の第三者が介在することなどから、倫理的な問題や、生まれた子供の福祉をめぐる問題など、さまざまな問題が指摘されています。生殖補助医療は、どこまで認められるべきなのでしょうか。次回は、治療経験のある当事者の声を聞きます。 |