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どうなってるの?子供の学力」   投稿特集  (05/01/30)


  学力に絡んで全国的に注目が高まっている「朝の読書」。県内の公立小中学校ではほぼ全校で実施している=静岡市内


 今回の「どうなってるの?子供の学力」は、読者の皆さんの意見を紹介します。学力低下の原因として学校の取り組みが足りないとする声や、しつけを含めた家庭の在り方が根本的に問題だとする指摘などが寄せられました。総合学習やゆとり教育は賛成だが、現在の位置付けや在り方が疑問との意見が目立っています。

email 総合学習の在り方疑問

 現代の子供たちの学力低下は深刻だと考えている。「自分の言葉で話せない子供」「筋道を立てて考えられない子供」は以前に比べて増えている。  学校五日制に加え、肝心の既存教科の時数まで削減して総合学習が導入され、指導される先生方の負担も増えているように感じる。  この総合学習は、学校によっては中身の濃い授業を展開しているところもあり、導入を否定するつもりはない。  しかし見直してもらいたいのは、この学習が各教科内の必要個所で導入できないかということだ。例えば小学校五年生の社会科の中で「米作り」の単元で稲作を体験したり、中学校の音楽で「日本の楽器」の部分で地域の専門家による指導で楽器体験や日本音楽の歴史と当時の社会を学ぶなど。このような方法なら改革前の教科の時数で、しかも授業の中で実施できるはずだ。  現在の実技教科(とりわけ中学校)の大幅な削減は早急に改善するべきである。行事が続いて週一時間の授業が一カ月に一回しかないケースもある。その教科の大好きな子にはとても寂しいだろう。  主要教科も同様に削減された上に内容が厳選されている。本当に大丈夫かと憂慮の念を禁じ得ない。「自ら考える」が目的のはずだったが、そのような行動のできる子供は数少なく、十数年前の方がその力がずっとあった。  総合学習の導入方法を見直し、既存教科も以前の時数に近い状態まで戻し、本当の意味での「基礎学力」のある子、「自ら考え、応用能力を併せ持つ子」を育成できる状態にしてほしいと思う。

(菊川市、音楽指導者)

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 わが家には、高校三年生を筆頭に高一・中二と三人の子供がおり、かなり長い期間学校とお付き合いしてきたわけですが、その中で疑問に思えることがいくつかありました。一つは英語・数学の授業の在り方、もう一つは部活動の在り方です。  中学の教科で英数はやはり重要で、三年間でかなりの差が出てきてしまいます。であるにもかかわらず、その授業形態はほかの教科と何ら変わりがありません。分かる生徒、分からない生徒、その責任はすべて生徒個人の問題になっているのです。分かる生徒にしてやろうという意欲を学校に感じられないのです。  「分からなければ職員室に聞きに来ればいい」「ご家庭の方でやってください、家庭学習が大事ですから」「塾の方へ」。学校は何なんだろうと思える答えでした。  また、学校五日制は、授業だけでなく部活にも影響しています。土日の部活動はわが子の通う浜松の中学では、第一・三週は学校を中心とした部活動、第二・四週は地域を中心としたクラブでなければ活動できません。部活を通して学ぶことは、形としての総合学習ともいえるのではないでしょうか。  本来のゆとりの教育の目的は、心豊かな人の形成だったと思います。しかしながら、心の成長は長い年月をかけて養われるもので、そしてなかなか目に見えてこないものです。その心はまだ見えないまま、目に見える学力の低下だけがより先に現れてしまった。心豊かな学力ある人を親も社会も望んでいるのです。その方策を国も学校も親ももう一度考えてみたいものです。

(浜松市、三人息子の母、47歳)

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 総合学習の見直しや削減は確かに学力向上につながるかもしれません。しかし学力だけが向上しても意味はないと思います。もちろん、国語や算数などの基礎的教科も重視しなくてはなりませんが、もっと大切なことは人間形成、人格の向上完成であるはずです。  学力だけでは社会人としては失格です。国際調査で学力が低下したといっても、まだはっきり分かりません。総合学習も導入からわずか三年です。少しばかり学力が低下したからといって、あわてて見直しを考えるのはどうかと思います。  教育は国家百年の大計が必要です。あせらずあわてず、腰を落ち着けて基礎的教科も重視しながら、ゆとり路線を着実に推し進め、人格完成を目指すべきではないでしょうか。今は生涯学習の時代です。その人の心掛けと努力で、学力はいつでも付くものと思います。

(藤枝市、大石容一、74歳、農業)

email 家庭の協力欠かせない

 総合学習見直し論、大賛成です。現場の声も少なからず反映されているのではと期待しました。実際、今の勤務状態で総合学習の負担はかなりのものです。本来の教科指導の充実・準備に時間を割きたいのが本音です。  また、総合学習で取り上げなくても教科指導でも同じことはできるし、そうなるような工夫は教員が自分で努力していくべきことであるとも思います(それができない教員が多いですけど)。  学力低下については、学校だけで学力(点数だけで測れない、生きる力を含めた学力)を身に付けさせようとする考え方に無理があります。なぜなら、バックグラウンドとして家庭や地域の教育力を無視できないはずだからです。家庭の協力なしでは到底やり切れるものではありません。  でも実際はいわゆるしつけの部分がごっそり抜け落ち、それも含めてすべて学校での教育に期待されています。家庭でやるべきしつけはきちんとやっていただきたい。その上で学校とも連携して一緒に子供を育てるという発想にはならないものでしょうか。  運動会の順位をつけないという発想も、発端は保護者の意見のようですが、子供それぞれに良いところ・伸ばすべきところがあり、一律などあり得ないのに、それを望む。その姿勢で将来にわたって自分自身を勝ち残らせる力が身に付くと本当に考えているのでしょうか。  学校サイドにも弱点はあります。例えば生涯学習時代が叫ばれていますが、どれくらいの家庭がご存じでしょうか。学校ももっと自分たちが目指すものを、保護者にわかる形で開示すべきだと思います。忙しくて保護者会に行けませんと言う保護者の方にとっては、保護者会が仕事を休んででも行こうと思う内容ではないということでしょうから、その点も反省すべき点だと思います。

(浜松市、匿名希望、35歳、教員)

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 小一の子供を持つ知人が授業参観後の懇談会に出席したら「宿題が多すぎて、やり切れない」と先生に不満を言う親が多かったと驚いていました。私の子育ての時に子供が台所の横のテーブルでいつも本読みをしているのを見た時も、知人は「なぜ」と思ったそうです。  その知人は家にテレビもゲーム機もなく、父親が本の読み聞かせ、散歩、サッカーなど時間の許す限り子供とかかわっているのです。特に幼児期に親の愛を十分に受けた子は、心の豊かな人に成長すると思います。知人をうらやましく思ったものでした。  現在、私が二歳の孫の家へ行くと、孫は「バァバ」と駆け寄り、絵本を持って当然のように私のひざへ来ます。私は何度も読み返した絵本を読んであげます。本を読む楽しさを知れば、そこから無限に広がる未知の世界へ、子供は翼を広げて飛んで行きます。  テレビやゲームで忙しいという子供たちに、せめて一時間、テレビを消して本を読んであげましょう。

(掛川市、絵本婆さん、56歳)

email 「ゆとり教育」長い目で

 ゆとり教育、週五日制の実施で学習時間を削り、内容を三割削減に踏み切ったとき、学力の低下は分かっていたことである。有識者といわれる人たちからも「基礎学力は大丈夫なのか」と反対があったにもかかわらず文科省は踏み切った。  私は、元数学科の教師です。内容が三割削減されたとき、円周率が3・14から3でもよいと変わったことにあきれるというよりこれでよいのかと怒りたくなった。文部科学省は全国学力テストで競い合うこと、現行の指導要領の見直しなどを考えているようであるが、小手先の見直しで済むことなのか。最近文科相の総合学習見直し発言などで教育界は大騒ぎしている。教育の現場を混乱させないでと大声で言いたい。  ゆとり教育が怠けにつながったことも全面否定はできない。先生方は混乱している教育現場で「今、何をしなければならないのか、子供たちのために」をいつも考えて頑張ってほしい。  人は数字で表される事柄には敏感である。受験生には偏差値が気になる。しかし心の問題、人間性、個性の尊重、優しさなどはその結果を数字では表すことは難しい。学校教育は学力だけではないこと、形のないものに心配りができて、本来の「ゆとり教育」ができるまで文部科学省も我慢してほしい。そして基礎学力を身に付けなければならないときには子供、教師ともに一生懸命になって頑張ってほしいものである。

(福田町、中村克子、67歳、元数学科教師)



■次回(2月6日=日曜日)は「公開すべき?性犯罪情報」インタビュー

 次回のトークバトルは「公開すべき?性犯罪者情報」です。奈良の小1女児誘拐殺害事件で逮捕された容疑者が、過去にも幼女を狙った性犯罪を繰り返していたことから、性犯罪の再犯防止策の強化や、前歴者情報共有の必要性が指摘されています。法務省と警察庁は、受刑者情報を管理する法務省が、性犯罪者の出所後の居住地情報を警察庁に提供し、再犯防止に役立てることで合意しました。米国など、性犯罪前歴者の情報を一般に公開している国もあります。悲劇を繰り返さないために、何が求められるのかを考えます。


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